その150 慰安婦はどのようにして集められたのか

 アメリカ合衆国の法学者でハーバード・ロー・スクールのジョン・マーク・ラムザイヤー(John Mark Ramseyer 1954年 – )教授は2020年(令和2年)12月、法律・経済学の学術誌「インターナショナル・レビュー・オブ・ロー・アンド・エコノミクス」(International Review of Law and Economics)のオンライン版に「太平洋戦争における性契約」(”Contracting for sex in the Pacific War”)と題する論文を、ゲーム理論を用いた法と経済学の論文として発表しました。

 論文は、

≪太平洋戦争中の日本軍の慰安所に関わる契約力学が、「信頼できるコミットメント(credible commitments)」という初歩的なゲーム理論を反映していたとし、慰安所側は、(1)売春婦(慰安婦)が被る危険と不体裁を埋め合わせるのに十分で、(2)監視の目の届かない場所で慰安婦が過酷な仕事に励むだけのインセンティブを与える契約を結ぶ為に確実性を必要とし、女性たちは慰安所のオーナーの無責任な約束や戦場に赴くリスクを察し、前払いと短期契約を求めた。この帰結として、慰安婦と慰安所は、(1)多額の前金と最長でも1~2年の契約期間、かつ(2)十分な収益を上げれば早期に退職できる年季奉公契約を交わした・・・≫

というものでした。

 

 これに対して韓国では猛批判が沸き起こり、それを受けて英語圏で反対活動が広まります。日本においても、3つの歴史学会を含む4つの団体が慰安婦は強制されたものであるとの声明を出しました。

 論文の根拠となる韓国人慰安婦の募集契約書をラムザイヤー氏が直接探したという証拠はなく、「自分で見たことのないのにどうして強い表現まで使って論文を書いたのか理解不能である。『証拠未確認』『主張を裏付ける第三者の証言不足』『選択的文書の活用』などで、学問的真実性を深刻に違反している」と批判しました。

 

 これに対し、ラムザイヤー氏は、自分は契約書の現物を持っているとは言っておらず、間接的な証拠に基づいて契約について論じたのだと反論しました。契約書は、戦地からの帰国の混乱や朝鮮戦争の中で失われただろうとし、ラムザイヤー氏は、山形県や和歌山県で業者が慰安婦を募集した時の記録や、日本軍の慰安婦の契約について触れた米軍の調査記録などを提示しています。

 

 『反日種族主義「慰安婦問題」最終結論』(2024年6月20日・発行所:文藝春秋・著者:朱益鍾〔チュ イクチョン〕)の「1 日本軍慰安所の設置」「日本軍慰安所とは何か」で、

 

≪日本軍慰安所は日本軍が、海外の戦場で自国軍人の性病感染を防ぎ、現地の住民に対する強姦行為による民心悪化を防止し、兵士の士気を高めるために、軍人に性的慰安を提供する所として設置したものである。

 業者は日本人、朝鮮人、台湾人などで、ときには中国人などの現地人もいた。

 慰安婦としては、当時の日本国民である日本人、朝鮮人、台湾人の女性がまず動員されたが、彼女らだけでは足りなかったので、占領した地域の現地人女性、すなわち中国では中国人、ビルマではビルマ人、フィリピンではフィリピン人なども慰安婦として使われた。業者は日本の軍人から料金を受け取り、慰安婦に性的慰安を提供させた。≫

 

と記しています。

 日本軍慰安所が数多く設置されたのは、日中戦争が起こった1937年(昭和12年)7月からであるとし、「日中戦争初期の上海・南京の慰安所設置」について、

*

1938年(昭和13年)2月、上海では「理想的な設備」を備えた軍直営の慰安所がスタートした。この慰安所には、以下のような厳格な利用規則が掲げられていた。現代文に換えて要約を記そう。

 

一、陸軍の軍人と軍属以外の入場は許可しない。入場者は慰安所への外出証を所持すること。

一、入場者は受付において料金を支払い、入場券と〝サック(コンドーム)〟一個を受け取ること。

一、入場料の料金は下士官、兵士、軍属全て二円。

一、入場券の効力は当日に限る。

一、入場券を買い求めた者は指定された番号の部屋に入ること。時間は三〇分。

一、入室と同時に入場券を酌婦に渡すこと。

一、室内では飲酒を禁ずる。

一、用が済んだら直ちに退室すること。

一、規定を守らない者及び軍紀・風紀を乱した者は退場させる。

一、サックを使用しない者には接婦を禁ずる。

*

と風紀や性病の感染防止のため事細かく定められていす。とても〝強制連行〟を感じさせるものではありません。

つづく

 

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